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2016年読んだ本ベスト・ワースト

「1年に300冊の本を読む」などと中3の頃に宣言しながら、毎年のように達成できず、今年に至っては100冊も怪しいという惨状ではあったものの、今年もたくさんの良い本に出会えた。激しく創作意欲を刺激され、また逆に、小説自体のあまりの完成度にすっかり書く気力をなくしてしまうこともあった。まあ、どちらも幸福な読書体験だと思う。

本に序列をつけることに抵抗がないわけではないが、とりあえず今の時点での感想を書きとどめておきたいと思い、リストを作成しておく。今後再読の際に大きく変化するかもしれない。

 

2016年読んだ本ベスト

『仮想儀礼』篠田節子

主人公の官僚的な手腕が宗教という舞台において最大限に発揮される上巻と、信徒の孤独と暴走があらゆる思惑を軽く凌駕していく下巻。その描写の生々しさは読んでいて気分が悪くなるほど。

『マチネの終わりに』平野啓一郎

いったい何をどうやったらこんな端正な文章が書けるようになるのか知りたい。デビュー作『日蝕』の頃から文体が話題になる作家ではあるが、今作の文章はひとつの到達点と言っていいんじゃないだろうか。

『ボヴァリー夫人』フローベール

むしろ今まで読んでいなかったことが恥ずかしいというレベルの名著。分析描写の緻密さに驚かされる。しかし、主人公エマのロマンチックな憧憬は現実の凡庸さに見るも無惨に敗北し、そして俗物そのもののオメー氏がレジオン・ド・ヌール勲章を得たという文章を以て締めくくられる物語には、かなり憂鬱な気分にさせられた。それも近代小説のリアリズムのあらわれなのだろうか。

『コルシア書店の仲間たち』須賀敦子

結びの一文「若い日に思い描いたコルシア・デイ・セルヴィ書店を徐々に失うことによって、私たちは少しずつ、孤独が、かつて私たちを恐れさせたような荒野でないことを知ったように思う」から受けた感銘は忘れがたい。

『彗星の住人』『美しい魂』『エトロフの恋』(無限カノン三部作)島田雅彦

作者の本気度はあとがきを読んでも分かるとおり。目もくらむような優雅な恋愛小説にして、皇室という、フィクションにおいてもタブー視されていきた存在に踏み込んだ小説でもある。三島由紀夫『春の雪』との関連は明らかだが、個人的にはこの小説が「口承」というスタイルをとっている点にも興味をひかれる。

神の子どもたちはみな踊る村上春樹

村上春樹は、本人は長編作家だと述べているが、個人的には短篇のほうが優れていると思う。特に「アイロンのある風景」は傑作中の傑作。

『雪沼とその周辺』堀江敏幸

抑制された文章から、ひとつの土地の情景を浮かび上がらせていく技術。

『蜜蜂と遠雷』恩田陸

 初めての恩田陸だったが大当たり。音楽に夢を託す天才たちのコンペティション。特に高島明石のパートはほろりと来てしまった。

 

2016年読んだ本ワースト

『教団X』中村文則

いわゆる総合小説のようなものを書こうとしたのだろうが「宗教」や「国家」といった根本部分の描き方が粗雑過ぎるので何をやってもダメ。大長編であるということはそうした手抜きを許容するものではないはずだ。特に公安関連は目も当てられない水準。セックスシーンはフランス書院以下、脳科学や貧困に関する記述も表層的で、中盤以降に始まる作者のイデオロギー開陳など含め全てがチグハグという印象を受ける。なお後半はもう何もかも破綻している。

永遠の0百田尚樹

これも作者のあられもないイデオロギー開陳によって作品全体が陳腐化しているし、そもそもそんなに見るべきところもない。これが300万部とか言われるとちょっとムカつく。

『悼む人』天童荒太

 とにかく倖世のパートが全体的に酷い。確かに「"亡霊"との対決」という宣伝文はあったものの、まさか本当に文字通りの「亡霊」が出てくるとは思わなかった。ただ部分部分では良いところもあり、特に主人公の母親のガンの描写には鬼気迫るものがある。

 

 

以上である。基本的に前評判を見てから買うので極端な「ハズレ」を引くことは少ないのだが、そういう主体性のない本の選び方もどうなのかという気がする。

この一年、祖母が倒れたり胃がおかしくなったり単位を落としたりサークル内の人間関係のごたごたに巻き込まれたり、リアルではろくでもないこと続きだったが、それ以上に多くの優れたフィクションに出会うことができた。2017年こそは300冊読了を目指し精進したい。

夏休み期間中に読んだ本の感想まとめ

磯崎憲一郎『終の住処』

 芥川賞受賞作。冷め切った夫婦の十一年。「ガルシア・マルケスの影響下にある」と言われたら、確かにそんな気もする。蓮實重彦の解説を読んだら、なんか分かったような気もする。そんな小説。

 

朝吹真理子『きことわ』

 芥川賞受賞作。25年後に再会するふたりの女性。何故かネットでクソミソに叩かれていて可哀想。個人的には技巧的でありながら、そうした不自然さの全くない流れるように自然な文章がとても良いなあと思った。

 

木田元『反哲学入門』池上英洋『西洋美術史入門』

 大学の授業についていくために読んだのだが、どちらもわかりやすい。特に『反哲学入門』の、ハイデガーとナチズムの繋がりにまつわる記述は読んでいて面白かった。

 

百田尚樹永遠の0』 高野和明『ジェノサイド』

 再読。いい加減、自分と違う歴史観の持ち主を「悪役」として書く安直さからは卒業した方がいいような気がする。(というか、こういう場合「何故その人物がそうした歴史認識をもつに至ったか」という小説的に肝心要の部分が描かれず、ただ作者の価値判断ばかりが語られるので非常につまらない)

 

石川博品『メロディ・リリック・アイドル・マジック』

 珍しいかもしれない「アイドルもの」のライトノベル。ふざけているように見えて、その奥には青春の真摯な希求が煌めいている。ポップかつ繊細な文体も魅力的で、特に主人公ナズマが「色聴」によってアコの輝きを視るシーンは圧巻。

 

平野啓一郎『マチネの終わりに』

 40代、ギタリストとジャーナリストの恋愛。とにかく文章の完成度に圧倒される。多種多様なエピソードが配置されているが、個人的には洋子とリチャードのすれ違いが印象的だった。

 

小野正嗣『九年前の祈り』

 芥川賞受賞作。障害児の子をもつシングルマザーの物語。男性が書いたとは思えないほどリアルで生々しい女たちの姿。カナダ旅行での「祈り」の記憶が、現在とふとリンクする瞬間が素敵。

 

村上春樹『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』

 村上春樹作品の中では過去二番目につまらなかった。とにかく「つまらなかった」以外の印象が全くない。

 

阿部和重グランド・フィナーレ

 芥川賞受賞作。家族を失ったロリコンの話。「映像」でしか少女と向き合ってこなかった主人公が、第2部で「言葉」を以て少女たちの哀しみと対峙する……それはわかるんだけど、どうにも小児性愛自体の情念がいまいち伝わってこない感がある。

 

東山彰良『流』

 直木賞受賞作。満場一致で決まったらしい。台湾を舞台に、17歳の高校生、秋生が祖父の死の真相を追いかける青春ミステリー。暴力、恋愛、苛烈な国共内戦の過去、様々な要素が絡み合ったスケールの大きな小説。評判通りの面白さ。

 

須賀敦子『ミラノ 霧の風景』

 『ユルスナールの靴』を読んで以来、須賀敦子のような文章を書くことは僕の人生の目標のひとつである。ゆったりとして、かつ論理的な記述。小さなエピソードを積み重ねてひとつの情景、ひとりの人間を確かに描き出していく手つき。是非イタリアに行ってみたい、と強烈に思ったものだが、残念ながらイタリア語の参考書は買って二時間で漬物石と化した。